英二の1日お兄ちゃん 後編

「で、」

とある空き教室でスミレちゃんが口を開いた。

「このおチビさんを連れてきちまったのかい、菊丸?」

うぅ…。

「先生、お願いっ!!」

俺は手を合わせた。

「この子、おとなしいから絶対邪魔しないし、頼むよ〜っ。」
「うーむ…」

貫禄たっぷりのおばちゃん顧問は考え込んでる。

「しかし何か事故があったら大変だからな。職員室に連れて行って
当番の先生にでも預けた方がいいね。」

……そですね。俺もちゃんに何かあったら困るし。

「それじゃあ…」

お願いします、と俺が言おうとしたときだった。

ぎゅうっ

俺は脚に何か圧迫感を感じた。

ちゃん…?」

見れば、ちゃんが俺の脚にぎゅーっとしがみついている。
正直、ちょっちびっくり。
でも何が言いたいかはわかった。

「せんせーい、にゃんかちゃん、俺と離れるのヤダって感じなんですけど。」

スミレちゃんもそれはわかってたみたいだった。

「やれやれ、しょうがないね〜」

あ、ため息ついてる。

「わかったよ。コートまで連れてっておやり。目の届くところにおいておけばいいだろう。」
「やったー!!」

俺は思わずちゃんを自分の目の高さまで持ち上げた。

「よかったねー、ちゃん♪」

ちゃんは顔こそ動かなかったけど何か嬉しそうに見えた。

「菊丸。」

スミレちゃんが感慨深そうに言った。

「慕われておるな。」
「そかなー。でも全然喋ってくんないし…」

するとスミレちゃんはふっと笑った。

「何も喋るだけが能じゃないさ。」
「………。」
「さあ、わかったらとっととお行き!!」
「ホーイ☆」



そゆわけで俺は次の瞬間には小さな従妹の手を引いてコートに来ていた。


ちゃーん、ついたよー。」

コクン。

「やあ、英二。」
「あ、ホントだ、英二先輩。」
「どーもっス」

コートに入ると大石や桃やおチビが口々に声をかけた。

「ヤッホー☆」

俺はいつものスマイル。と、

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ」

桃の頓狂な声が上がった。(いや、お前が言うのかって言われたらきついけどさ)
と思えば桃は高速でこっちにすっ飛んできた。

ハッ、もしや狙いは…!!

「どーしたんすか、このちっちゃいの。カワイイっスねー」
「あっコラ、桃!!」

俺の制止も虚しく、桃は勝手にちゃんのほっぺたをなでなでした。

バッ

「あっ…」

すっかりびっくりしたんだろう、ちゃんは桃から逃れて
俺の後ろに隠れてそぉっと顔を出す。
桃は俺、嫌われたのか、とショックを受けている。

「ダメだって桃ー、ちゃんは人見知りなんだからー!!」

俺はパニックするちゃんをよしよしする。

「でも英二、」

大石が口を挟んだ。

「本当にその子、どうしたんだ?」



「へー、じゃあ英二の従妹なんだ。」

大石が大丈夫だよ、怖くないよ、と言いながらちゃんの頭をなでた。

「やー、ぬいぐるみみたいっスねー。」

桃も性懲りもなくポフポフする。

俺が事情を話して数分後、ベンチに乗っけられたちゃんは
すっかり野郎共(おチビを除く)の人気者になっていた。
何が凄いってあの海堂ですらちゃんを(メッチャ遠慮がちにだけど)
抱っこして嬉しそーにしてるもんね。

ちゃんも海堂には案外あっさりなついたから、ちょっとムカ〜。
ちゃんは俺のだぞー!!

それでもちゃんは恥ずかしくなったら俺にピトッと
引っ付いてきたから優越感を感じたりして。

「全員集合!」

あ、手塚が来た。

「じゃ、お兄ちゃん行って来るね。」

俺は抱っこしていたちゃんをベンチに乗っけた。

「いい子にしててねー☆」

コクン。

「あれが菊丸の従妹か。」

集合しようと駆けていたら手塚がボソッと言った。

「うん、ちゃんって言うんだ。カワイーでしょ?」

手塚は少し考え込んだように言った。

「お前より勤勉であることは確かだな。」
「ゲッ…」

ちゃんは膝の上に教科書を広げてお勉強をしていた。



「青学ー! ファイオー! ファイオー!」

みんなの掛け声が響く中、レギュラー同士の練習試合を
1つ終えた俺はベンチに座ってちうちうと水分補給をしていた。
隣ではちゃんがベンチを机代わりにお勉強している。

わざわざ算数の宿題もって来るなんて、ちゃんって真面目だにゃ〜。
俺も見習った方がいいのかな、もしかして?
そんなことを考えてたら、

ちゃん、どしたの?」

ちゃんは鉛筆の端を軽く噛んで考え込んでいた。

「もしかして、わかんにゃいとこがあるの?」

コクン。

うーむ………そうだ!!

「よ〜し、じゃあお兄ちゃんが、教えてあげる!」

小学校の算数くらいなら俺だって出来るもんね〜。

「これはね、あれをこーして、そこをあーして…」
「!」
「あ、すごいすごい。出来たにゃ〜。」
「♪♪」

わーい、俺ってお兄ちゃんっぽーい♪
ちゃんも嬉しそうだし、幸せっ☆☆☆

そうして俺はしばらくちゃんの勉強を見ていたんだけど、
ちゃんが真面目にしてたおかげで宿題も済んでやることが無くなった。

練習試合は当分俺の番まで回ってきそうにない。

…よーし、いい事思いついた!

ちゃーん。」

俺はベンチに座っていた従妹をひょいっと持ち上げた。

「??」

それから不思議そうにするちゃんを肩車する。

「しっかりつかまっててね!じゃ、しゅっぱつしんこー!!」

でででででででででででででで

俺はちゃんを肩に乗っけてコートの端から端まで走り出した。

「!!!」

ちゃんはびっくりもしたみたいだけど、どうやら楽しんでいるようだ。

「もういっちょ行くよー。」

ででででででででででででででで

「!!!!」

それから俺は調子に乗って何回もちゃんを乗っけたまま走り回った。


タカさん:「アハハハハ、英二の奴すっかり楽しんでるよ」
乾:「ちょーどいい。負荷を用いたトレーニングになりそうだな…」
タカさん:「………………………(・-・;)」
乾:「……………………………(書き書き)」


で、数分後。

ハア…ハア…

「お兄ちゃん…ちょっと疲れたから…休憩ね。ハア…」

うう、何ごとも程ほどに。だにゃ〜。

「英二、次出番だぞ。」

大石に言われて俺はグタン、とへたり込んでしまった。
しかし、俺と言えばテニスなんだからここでちゃんに格好いいとこ見せないとね!
よーし、頑張るぞー!!

ちゅーわけで今日の俺はいつも以上にテンションはHigh!!

「菊丸先輩、飛ばしすぎっス。」

おチビの抗議も何のその。
あっという間にゲーム連取!

「それそれー。きっくまっるビーム!!」
「にゃろうっ…!」

ちゃん、見てるかにゃー?
俺はアクロバティック全開モードに移行する。

………………………

「はー、終わった終わった。」

おチビにえらくブツブツ言われたけど、気分爽快だにゃ!

ちゃーん、ただいまー。」

俺がベンチに戻ると、目の前に小さな手がにゅっと突き出される。
はにゃ?と首を傾げてると、その手からビッと親指が立ちあがる。

『ナイスプレイ!』

そう言ってくれてるんだってすぐわかった。

だってちゃんは笑っていたんだ。

俺が始めて見る、満面の笑顔で。

ちゃんは…喋れないんじゃないんだ。
声に出さないけど、ちゃんはこの子なりに一生懸命何かを伝えようとしている。

ちゃん、もーすぐお昼だって。」

俺は言った。

「一緒に食べよっか。」

小さな従妹はリボンを揺らしてもう一度笑った。



それから俺とちゃんはずっと楽しく過ごした。

お昼を食べてから軽く追いかけっこをしたり

ちゃんのほっぺたにもバンソウコウを貼って「おそろい〜」とかやったり
(大石の鏡を借りた)

桃がちゃんをさらってぶーんと飛行機ごっこをする後ろからついていったり
(桃のやつが途中で海堂の膝にちゃんを乗っけた時は取り返すのが大変だった。
だって海堂のやつ、なでなでしまくって離さにゃいんだもん!!)

俺の持ってきたトランプで手品を見せたらちゃんは拍手をしてくれた。

他にもいっぱいいっぱいやった気がする。
…後で手塚に「後日ペナルティーを課すからな。」と言われたくらいに、いっぱい。

そして空がオレンジ色に染まる頃…

「すっかり眠っちゃったね。」

帰り道、タカさんが言った。

「うん、途中結構はしゃいじゃってたから。」

背中でスピ〜とかわいい寝息を立てる従妹の顔を振り返りながら俺は答えた。

「ホント、英二先輩慕われてるっスね。」

桃がほぉっと息をつきながら呟く。

「だといいけど。」

俺はともすれば背中からずり落ちそうになるちゃんの体を
背負い直しながら、夕日を見つめた。

こうして、俺の1日お兄ちゃんは終わった。



――つっても、俺、ちゃんとお兄ちゃんしてあげられたのかな?

家に帰ってちゃんと別れてから俺はぼーっとそんなことを考えていた。
(ちゃんのお母さんはすぐ良くなりそうな感じらしい。よかった。)

ちゃんは結構楽しそうに見えたけど何も言わないから、ちょっち自信ないかも。

俺はふと自分の机の上に何かが乗っかっているのを見つけた。
何だろうと思って手に取るとそれは一冊のノートだった。

「これ…ちゃんの絵日記…」

表紙に書いてある名前がそうだ、と語ってる。

ちょっと失礼して、覗いてみたりして。
俺はパラパラとページをめくる。

「!!」

『○月×日 はれ
 きょうはおかあさんがびょうきになったので
 いとこのエージおにいちゃんのところにいきました。

 おにいちゃんはわたしを学校につれていってくれました。

 エージおにいちゃんはいっぱいあそんでくれたし
 おおきいおにいさんたちにいっぱいあえてたのしかったです。

 おにいちゃんはテニスがすっごくじょうずでかっこいいので
 わたしもおにいちゃんみたいにかっこよくなりたいとおもいました。』




にま〜っ

俺は思わず顔を緩めてしまった。
にしししし。
俺も結構やれるんだね☆ やったー♪

「あれ? 待てよ?」

俺はふとあることに気がついた。

ちゃん、この日記!!
ウチにおいてちゃダメじゃんっっ!!」


この後、俺は父さんに車を出してもらい、ちゃんに日記を届けに行かなきゃなんなかった。

最後の最後で世話の焼ける妹を持つお兄ちゃんの気分を味わうなんて…
にゃんか変な感じだにゃ〜。

俺は、日記を届けに行ったらちゃんがどんな顔をするか考えながら
闇に染まった景色の流れを見つめていた。

英二の1日お兄ちゃん End



作者の後書き(戯言とも言う)

撃鉄シグ初の英二もの、二部完結と相成りましたが如何だったでしょうか。

Little Happinessに続き、これも落書き漫画が元になっているのですが
これは元ネタから完全に撃鉄の夢全開で作ったものです。

漫画の方は菊丸少年がこんなんやったらさぞほほえましいやろなー、
と思って作っていく内に最終的には全キャラ中最長になったという裏話があります。

こっちの小説版では不要なところを削り、必要なところを補ってこんな形になりました。
元ネタの漫画もこの小説も結構自分でも気に入っている一品です。

そういえばこれを書いている間は妹が「ちゃんカワイイー!!小脇に抱えてさらうわっ!!」
などと騒いで大変でした。(彼女は元ネタでも同じことをいいましたが。)

何度「さらうなっっ!!」と突っ込んだことか。
(↑会話がすぐ漫才になるお笑い姉妹)

ちなみに作中に挿入されている絵日記は元ネタの落書き漫画の一部を
大幅に修正したものです(^^;)

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